真明流とは

ごあいさつ

「武術空手・合氣道・太極拳・護身術・氣功」

古流武術の秘伝、極意の研究開発・骨格運動主体の身体操作法・氣功・武器術
( 発頸・化頸・寸頸・合氣・対氣・ガマク・ムチミ・チンクチ・取手・ナンバ・観の目・筋肉反射等 )

こんにちは、真明流空手、代表の滝川勝也(総師範、飛龍)です。
我々真明流空手は、古来の先人の人達が汗と血を流して編み出してきた、様々な武術を研究開発しています。

真明流では、「打撃系ではない空手」「女性や老人でも出来る護身術」「心と体を強くする挨拶パワー」
「護身術として使える太極拳」「体幹を鍛える武術エクササイズ」「誰でも簡単に出来る氣功」
「キッズ武術」「介護に活かす古武術」等の教室、講座、講演を中心に活動しています。

真明流では、心、躰、技の三位一体化の鍛練をしています。

心とは「こころ」の事です。こころとは、氣の事です。

氣の鍛練により、心を強くします。「強いということは、やさしいということです。」
武術を修行する者に、大切な絶対ルールがあります。それは「自分がされて嫌なことを他人にしない」です。
この精神がなければ、怒りと恐怖から相手を必要以上に攻撃してしまい、ただの暴力になってしまうからです。

「相手を思いやる心」を第一に育てています。

躰とは、「正しい姿勢」「西洋的な、筋肉運動主導の有酸素運動ではない、東洋的な、筋骨運動主導の身体操作法」 や「体幹トレーニング」「呼吸法」の事です。

技とは、身を守る為に使うものです。他人を傷つけるものではありません。
自分も他人も怪我をしないように対処するものです。
弱者が強者に対しても使えるものでなくては、何の役にも立ちません。

武術の極意秘伝の術理には、先人が残してくれた沢山の英知が含まれています。
その教えを広く社会に活かして、心と身体の調和、人と人との調和を目指しています。

真明流が大切にしていること

格闘技のように一対一での強さや、大会で優勝することを目指していません。

ルールの決まった競技的なスポーツではなく、突然の暴力から身を守るサバイバルテクニックです。
武術は、人を痛めつける手段では決してありません。

相手の攻撃を止めて、相手に必要以上にダメージを与え無いように対処することが大切です。
自分がされて嫌なことを、相手にしない思いやりが大切です。

「強い」ということは、「優しい」ということです。

自分に自信があるから、他人を思いやる心の余裕が生まれると思います。
他人を思いやる心があるから攻めて来る相手の攻撃を予測したり、 相手をコントロールする術理を体得する事が可能になると考えています。

どんな困難に対しても、決して負けない心と身体を完成させる事を目指しています。
老人になっても、実戦で若者を寄せ付けない強さを身につけることが、本当の武術だと信じています。

真明流の目指す空手

真明流では、琉球の時代から伝わる「ティー」の研究をしています。

空手の型に拳を硬めた「突き」や脚を使っての「蹴り」があるのは、身体を短期間に強くする鍛練の為です。
相手を攻撃する暴力ではありません。
明治に伝わった空手は、剣道の影響を強く受けてしまい、競技的なものに変化してしまいました。
空手の型には、防御の為のブロックはありません。
ブロックやガードは、素手の攻撃だから大丈夫なだけであって、相手が刃物を持っていたら通用しないからです。盾と鉾の話しのように、相手の攻撃を受けても大丈夫なように身体を鍛練したとしても、攻撃を受け続ければ必ずいつかは倒れます。
またどんなに鍛え上げられた肉体でも倒す事が出来るパンチを相手に攻撃出来る人は、思いやりのない自分勝手な人となり、相手を死におとしめてしまう危険性があります。結局は自分も傷付く両刃の剣なのです。
琉球の時代に発達した空手は、先ず身体をつくる為に型の稽古を5〜10年やり、熟練者は投げ技や関節技の稽古をやっていたそうです。

だから「空拳」ではなく「空手」なのです。

石畳で投げ技を使っても、「氣の術を使い」相手に怪我を負わす事は決してなかったそうです。

氣とは、相手を思いやる心のパワーなのです。

真明流では、琉球時代からの空手本来の精神と身体操作法(ガマク・ムチミ・チンクチ・取手)を追究し、 術より人の道を探究して行きます。

空手の精神

琉球の民は、海を渡り東南アジアの隅々まで交易を広げ、レキオと呼ばれていました。

レキオの民は、正直で友となったら国が相手でも命をかけて、友を守る民だと他国から信頼されていました。
レキオが武器を持たない国だと聞き、ナポレオンが驚愕したと伝えられています。
レキオの民の武術「ティー」が空手の源流です。

相手を傷付ける武器を持たない精神が、空手には流れています。

他人を思いやる心が、空手の心です。

「オアシス運動」

武道は「礼に始まり礼に終わる」を第一にしています。
挨拶は、道徳的に大切な事ですが…実は、もっと深い意味が隠されています。挨拶には、心と体を一対にする力があります。そして秘伝の極意が隠されています。
しかし、昨今の指導者の中には、言葉使いが乱暴で威張りちらした勘違い者が、余りにも沢山います。
そうした大人達よりも子供達のほうが、しっかりと挨拶をしています。実に恥ずかし事です。

「オアシス運動」

朝の挨拶(オ)「おはようございます」
心から感謝(ア)「ありがとう」
誰にでも(シ)「しんせつに」
素直に(ス)「すみません」

真明流は、オアシス運動を推進します。
心を込めた挨拶は、強力な力があります。
お問い合わせはこちら